紫煙と私怨と。

ふぅ、とジャックは閉店後の店内に紫煙をひとつ吐き出す。仕事で疲れ切って座りこんでいるマコトはぼんやりとその煙を見つめながら呟いた。

「なんでもない顔してアンタ結構溜め込んでるんだな」

ジャックは眉をピクリと動かす。しばらくの沈黙が流れ、時計の音だけが響いていた。

「見えてるのか?」

無言が肯定だった。煙草の煙に交えて呪いの類を吐き出しているのを見抜かれていた。魔法道具を販売するこの店には色々な客が来る。今日は理不尽なクレーム対応に追われていたのだ。その溜め込んだストレスを魔力の言葉に込めて煙と共に呪いとして吐き出していたのだがその言葉が見えてしまったらしい。普通ならただの煙しか見えない筈なのだがマコトは人一倍魔力に敏感なようだ。その吐き出す毒に気付かれてしまった。

「細けぇとこまで見えて疲れない?」

今度は呪いの魔力を込めずに煙を吐き出す。煙は昇っていき天井に取り付けられたファンで掻き混ぜられ消えていった。

「好きで見ているんじゃない……」

問いかけにため息混じりに返された。生まれつきで幼い頃から些細な魔力も見えていたこと。魔力に敏感だからその影響で身体を壊しやすかったのだと。今の煙も憎悪こそ無くとも魔力自体は含まれているので刺激を受けている状態ではある。マコトの諦めた表情を見かねてちょっと待ってろとジャックは煙草を咥えたまま店内の在庫置き場を探る。

「お、あったあった」

手にしていたのは四角い縁の黒眼鏡だった。長い年月眠っていたせいか埃っぽい。マコトは胡散臭いとばかりに顔をしかめる。

「まぁまぁ、これで少しは見たくないもん見えなくなるから」

言われるままかけてみると色眼鏡の効果かジャックの手元の火種からはただの煙しか見えなくなった。マコトが目を細めた僅かな表情の変化を確認するとジャックは悪かったな、と言って煙草の火を揉み消した。